自転車にはカギをかけよう


不思議な夢を見た


なぜか季節は初秋。仕事が終わって愛車プジョーで風を切る。なぜか夢の中では日課になっているらしく、途中のローソンに寄ってウーロン茶を買い、自転車のところに戻ろうとしたら…


無い… 盗まれた!?


誰だ?オレが店内に入ったときに立ち読みしてた野郎数人が居なくなっていた。あいつらか? とにかくまずは警察に盗難届けだ。702NKの電話帳から警察署の番号を探してTEL。登録番号を聞かれたので、TH55を出してプライベート情報をまとめたメモを開き、番号を読み上げる。


電話を切ると、何故か鞄に入っているhx4700を取り出しGPSを装着、画面上に赤いカーソルが点滅している。街の外れへと移動している。それがプジョーの現在位置だと言うわけだ。ありえねー。とにかくオレはそこを目指して走った。夢の中だから全然疲れない。


街の外れ、山道に差し掛かるあたり。崖の下では所々から泉が湧き出ていて、街の中を流れる川の上流に合流していた。hx4700の画面を見ると、すでにカーソルの移動は止まっていた。「野郎、ココまで走って安心してどっかで休んで居やがる…」 そう確信し周辺を歩き回る。でもプジョーの位置から逆に遠ざかるばかり。何故だ?


ふと、ある小さな建物が目に入る。迷わずそこへ行ってみると、そこは小奇麗な喫茶店だった。しかも出来立ての菓子パンがズラッと並び、主婦共がキャーキャー言いながらそれぞれのトレイにトングでパンを積み上げている。どうやらパン屋もやってるらしい。こんな店あったか?


オレはマスターらしき髭面の男が立っているカウンターへ向かった。マスターが俺の顔を見て一瞬目を丸くする。オレは直感した、犯人はコイツだ、と。すぐにオレは店の外に出て一回りする。しかし見当たらない。物置にも無い。店内に隠しているのかもしれないと思い戻ってみると、彼は微笑を浮かべてこう言った「貴方がBluesmanさんですね?」


なぜオレの名を!?と思ったが、今はそんなことはどうでもいい。オレは落ち着いて事情を説明し、店内の隅々まで調べさせて貰った。でも見つからない。それにどう考えても、このダンディーな物腰の男が犯人だとは思えなかった。オレは今でもその近くで点滅しているhx4700の画面を見つめてため息をついた。


マスターは不敵に微笑みながらオレに近づき、「その古いOSでは見つからないよ」と言い、コレを貸してあげよう、と言って別の黒い筐体を差し出す。


「こ、コレはっ!?」 「そう、W-ZERO3だよ。コイツのGPSを使いなさい。必ず辿り着ける筈だ。」(うわ、ありえねー)


オレはソレを受け取りGPSとマップを接続し、MTBの位置を探った。hx4700同様この近くにあるのは確かだと言うことがわかる。しかしスタイラスで拡大し上下左右になぞって見ると、なんと3Dで位置を把握出来るようになっていた。ナルホド、そう言う事か!


オレはマスターに礼を言い、店を出て行こうとした。マスターは「Bluesmanさん、コレを持っていきなさい。」と言って、焼きたてのメロンパンを3個袋に入れて持たせてくれた。メロンパンは好きだ。オレは再び礼を言い駆け出した。彼が「冥土の土産にしては粗末なものだが…」と呟いたのを聴いた。


三次元的に移動するなら下に行くしかない。オレはカーソルの位置からなるべく離れないように捜索した。さっき通った崖のあたりがどうやら怪しい。オレは崖の下を見下ろす。するとその壁面に、地下に繋がっているらしい洞窟を見つけた。オレは近くの木にワイヤーをくくりつけ、ベルトについている小さいハンドルを回しながら、その洞窟に下りて行った。


そこに入った途端、W-ZERO3の画面全体が真っ赤に点滅し始めた。いったいココは何なんだ!?オレは薄暗い洞窟の奥へと走った。


光が見えてきた。さらに走り洞窟を抜けると、信じられない光景が眼前に広がっていた。果てしない地平線。見たことも無いほど青い空。見たことの無い数々の天体。眼下には何か川のような光が流れているが、その先は空に向かっていた。


オレはその川に向かって歩いていった。その流れる光の中には数え切れないほどの自転車が並び、その群れはゆっくり空へと向かっている。普通のママチャリと一緒にルイガノビアンキプジョーもあった。オレは自分のプジョーを探した。しかし何処にも見当たらない。必死になって自転車の群れと格闘しながら探していると、この流れに向かって走ってくる一台の白いMTBが見えた。確かに自分のプジョーのように見えたが、何か違和感があった。この胸騒ぎは何だ?


車道走行での安全のためにハンドル右に取り付けた小さなミラー、壊れて交換したペダル、それは間違いなくオレのマシンだった。しかし明らかにゆがんだフレーム、見たことの無い多数の傷、血糊のような赤いしぶき。無意識に涙が滝のように流れる。オレはハンドルを掴み必死に流れの外へ引こうとするが、ソレは全く動かない。ひたすら自転車たちの最後尾に向かって進み続ける。


オレは流れに逆らうのを諦め、ソイツにまたがった。次第に加速し、まもなく車列に合流した。いつの間にか自分の後ろにも自転車の群れが出来ていた。しかしそれに乗っている人はオレだけだった。


前方の自転車がどんどん空へ上っていく中、オレのマシンが静止する。後ろの自転車たちがどんどんオレを追い越していく。そしてオレとプジョーだけが残った。


そうか、ここでお別れなんだ… オレは自転車を降り、少しの間サドルを撫で続けていた。手を離すと、彼女は少し進み、ゆっくりと浮き上がり、空の光に向かって舞い上がっていった。その光を浴びて、彼女の傷ついたその身体が癒されていくのが見えた。そして光を反射させ眩しく輝きながら空に消えていった。


よかったな。